2013年12月12日木曜日

中国、「張り子の虎」空母が生み出す将来の脅威:実戦用空母の運用に備えて

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●米衛星がとらえた空母「遼寧」(写真:US.DOD)


●「遼寧」への着艦に成功した「J-15」(写真:人民解放軍)


JB Press 2013.12.12(木)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39410

中国の「張り子の虎」空母が生み出す将来の脅威
実戦用空母の運用に備えて遠洋訓練を開始

 予定されていたバイデン米副大統領の日本・韓国・中国訪問に時を合わせたように、中国は中国版防空識別圏(一方的制限空域宣言)を東シナ海に設定した。

 日本や韓国ではバイデン副大統領に対中圧力を期待したが、筆者周辺のアメリカ軍関係者たちが嘆いているように、バイデン副大統領は予想通りの“バランス”のとれた外交によって、日本にも(韓国にも・・・若干疑問符がついたが)そして中国にも配慮し、結果的には中国に対しては実質的には圧力をかけなかった。

 予想されていたこととはいえ、このようにアメリカの出方が甘かったため、中国共産党政府そして人民解放軍は安心して次の手を打つことができることとなった。

■中国海軍空母艦隊の南下

 防空識別圏の設定宣言と時を同じくして青島海軍基地から空母
 「遼寧」がミサイル駆逐艦2隻とミサイルフリゲート2隻を伴って南シナ海での訓練航海に向かった。
 当初この空母訓練艦隊は、防空識別圏設定宣言と相まって、東シナ海を尖閣諸島方面に向かい、沖縄島と宮古島の間を西太平洋に出て台湾・フィリピン間のバシー海峡を抜けて南シナ海に至る、という挑発的行動を実施するのではないかとの憶測を伝えたメディアもあった。

 実質的には日本をターゲットにした防空識別圏宣言は、日本の圧力によって中国が自ら撤回しない限り、その空域でのスクランブルをはじめとする各種運用の実際如何にかかわらず中国が防空識別圏を設定しているという事実は存続する。
 したがって、中国政府にとっては防空識別圏の宣言をなした現在、それ以上の挑発的行為は、せっかく妥協的態度に落ち着いているオバマ政権の対中態度を悪化させないために無用であった。

 そして中国海軍空母訓練艦隊は、アメリカはもちろんのこと日本、それに台湾をも挑発しないように、青島から東シナ海を中国大陸沿いに航行して台湾海峡の中国大陸側水域を南下して南シナ海に抜けた。
 11月29日、遼寧をはじめとする中国艦隊は、海南島三亜に建設された空母用基地に到着した。
 この三亜空母基地を本拠地にして、空母練習艦隊は南シナ海において艦載各種資機材兵装の訓練や艦隊防空訓練それに対潜水艦戦訓練などを実施中である。

 この空母艦隊の訓練は遼寧の初の長距離航海訓練であり、中国海軍当局のコメントのように「訓練航海に関して“考えすぎる”必要はない」、すなわち日本や台湾それにフィリピンなどを挑発する目的は有さず単なる遠洋航海訓練にすぎないというのが、アメリカ海軍関係者の解釈でもある。

■現時点の「遼寧」は名実ともに訓練空母

 母港青島基地から三亜基地へとおよそ1500海里を航海し、南シナ海で訓練を実施中の空母・遼寧に関しては、日本の一部マスコミや評論家を中心に
 「米海軍はもちろんのこと、海上自衛隊にとっても何ら恐るるに足りない“張子の虎”にすぎない」
という指摘がなされている。

 空母には力を入れていなかった(入れられなかった)ソ連海軍が設計した空母「ヴァリヤーグ」は、ソ連の崩壊とともに未完成のままロシア海軍によって完成させられることなくウクライナに係留されていた。
 ウクライナ政府は「ヴァリヤーグ」から機関システムを撤去して船体はスクラップにして売却しようとしたところ、中国海軍系企業が海上カジノとする名目で購入して2002年に大連に回航された。

 その後しばらくは、中国海軍も本格的に空母として完成させる動きは見せなかったが、2008年、機関システムと兵装を施して空母として完成させる試みが始められた。
 大連造船所ならびに大連船舶重工集団の手により2011年8月に空母が完成し、公試が開始され、2012年9月には中国人民解放軍海軍に引き渡され「遼寧」と命名された。

 このような経緯で中国海軍が手にした遼寧は、そもそも空母大国アメリカ海軍の空母と比較すること自体がナンセンスな空母であることは誰の目から見ても明らかである。
 もちろん中国海軍・中国共産党政府としてもそれは心得ていることであり、遼寧を正規の戦闘用空母としては考えておらず“訓練空母”として位置づけている。

 このことは、アメリカ海軍情報部関係者も確認しており、なにも中国海軍関係者たちが遼寧を「本当は実戦に投入したいのだが、それができないため面子を保つために訓練艦と称している」というわけではなく、名実ともに訓練空母と考えなければ、中国海軍を侮り対中戦略的ミスを犯す原因になってしまうと語っている。

 空母・遼寧は、アメリカ海軍空母のようにカタパルト(艦載機発進加速装置)を持たないため、アメリカ海軍のように強力に武装した戦闘機や、警戒範囲が広い早期警戒機、それに対潜哨戒機や電子戦機など多種多様の航空機を搭載することができない。
 スキージャンプ台と呼ばれる飛行甲板を持つ遼寧からは軽量の(すなわち軽武装で作戦行動範囲も短い)艦載機か、アメリカ海兵隊が使用しているハリアーや導入中のF-35Bのような短距離離陸垂直着陸機(V/STOL機)が必要である。
 V/STOL機の開発にはいまだ時間がかかる中国海軍は
 中国海軍は「J-15」と呼ばれる軽武装の艦載戦闘機を開発して遼寧への搭載を開始した。

 このように、空母の“命”である艦載機一つをとってみても、確かに“張子の虎”にすぎないと馬鹿にされるだけのレベルであることには疑問の余地はない。

 もちろんそれはアメリカ海軍空母という超強力軍艦と比較した場合であって、フィリピン海軍やマレーシア海軍それにベトナム海軍などから見れば、遼寧といえども大きな脅威であることは事実である。
 しかし、アメリカ海軍はもとより精強な海上自衛隊を有する日本にとっては、虚仮威しの遼寧プラスJ-15の空母戦力はさしたる脅威ではないこともまた事実である。

■中国が実戦用空母を運用する日

 ただし、遼寧を“張子の虎”と呼んで馬鹿にする日本やアメリカの一部評論家や軍関係者たちは、遼寧が正規の戦闘用空母ではなく練習用軍艦であり、J-15も訓練空母での各種訓練用に急遽開発された訓練用艦載機であることを忘れているようである。

 アメリカ海軍関係者も、
 「現時点で遼寧を対日戦・対米戦に投入したならば、遼寧やJ-15、それに遼寧機動部隊が“標的艦隊”となってしまうことは間違いない。
 しかし訓練空母を実戦に投入することなど絶対に中国海軍はしないし、訓練空母はあくまで訓練のためのものにすぎない。
 それらを“張子の虎”と呼んで、現時点での中国空母や空母艦隊の実力(訓練が開始されたばかりで実力などゼロに近い)を取りざたすること自体全く無意味である」
と、アメリカ海軍やシンクタンク関係者にも存在する“張子の虎論者”に対して警告を発している。

 確かに、いくら遼寧は虚仮威(こけおど)しの空母であるとは言っても、空母関係将校はじめ空母操艦要員・艦載機発着オペレーション要員・艦載機搭乗員など多数の空母関係将兵を育成するには、洋上で行動できる空母と艦載機が絶対に必要である。
 そして遼寧は曲がりなりにも航空母艦であり、J-15も艦載戦闘機であることには違いない。

 現時点では遼寧、J-15を中心とする訓練空母部隊を実戦に投入することは不可能であっても、それらにより実戦に投入可能な本格的空母の将校・要員を養成することは十二分に可能である。

 実際に、中国海軍は遼寧とはレベルが違う実戦用空母を建造中であり、やはり実戦に投入されるであろう艦載機も開発中である。
 それら実戦用空母・艦載機が姿を見せるまでには、少なくともあと数年は要するため、その間に中国海軍は訓練空母・遼寧によって空母要員を養成し、各種技術の習得に邁進することは間違いない。
 その第一歩が、現在南シナ海で実施されている遼寧訓練艦隊の遠洋訓練なのである。

 このように空母・遼寧も艦載機・J-15も訓練用である以上、なんら恐るるに足らないのは当然のことであり、訓練空母を“張子の虎”と侮って対策を怠っていると、その訓練空母艦隊で空母運用ノウハウを身につけた中国海軍が、遼寧で養成された空母要員・艦載機搭乗員が乗り込む実戦用本格空母を登場させた際に、慌てふためくことになってしまう。

 そのような段階に至って押っ取り刀で対抗策をとろうとしても「完全に手遅れ」になることを認識しておかねばならない。

北村 淳 Jun Kitamura
戦争平和社会学者。東京生まれ。東京学芸大学教育学部卒業。警視庁公安部勤務後、平成元年に北米に渡る。ハワイ大学ならびにブリティッシュ・コロンビア大学で助手・講師等を務め、戦争発生メカニズムの研究によってブリティッシュ・コロンビア大学でPh.D.(政治社会学博士)取得。専攻は戦争&平和社会学・海軍戦略論。米シンクタンクで海軍アドバイザー等を務める。現在サン・ディエゴ在住。著書に『アメリカ海兵隊のドクトリン』(芙蓉書房)、『米軍の見た自衛隊の実力』(宝島社)、『写真で見るトモダチ作戦』(並木書房)、『海兵隊とオスプレイ』(並木書房)、『尖閣を守れない自衛隊』(宝島社)等がある。


【資料】

「WEDGE Infinity  2012年12月05日(Wed) 
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/2418

中国の空母「遼寧」は張り子の虎
過小評価も過大評価も禁物

 11月25日、中国海軍は空母「遼寧」上で艦載機の離発着訓練に成功し、その映像が中国のテレビ局で放送された。
 「遼寧」は中国にとって最初の空母で、昨年から試験航行を繰り返し、今年の9月に正式に就役した。

 折しも第18回共産党大会で、胡錦濤指導体制から習近平指導体制への移行が正式に発表されたばかりである。
 空母艦載機を運用する映像を公開したのは、新指導部、共産党、そして国家の威信を高めることを狙ったと考えられる。

■運用にはかなりの課題が残る

 空母の武器は艦載機である。艦載機を運用できなければ、空母は大きな輸送艦に過ぎない。
 今回の映像を見る限り、艦載機の離発着には成功したが、中国が空母を運用していくにはかなりの課題が残っていることが指摘できる。

 はじめに、空母そのものの能力についてみてみよう。
 空母にまず求められるのは、艦載機の離発着のために強力な向かい風を生み出す推進力を安定的に維持することだ。
 昨年来繰り返されてきた試験航行は、空母の推進システムをテストするのが主な目的だった。
 「遼寧」はもともと旧ソ連製の「ワリヤーグ」を購入・改修したものだが、購入時にエンジンを搭載していなかったため、推進システムは国産となっている。このため、「遼寧」にとって最初の難関はエンジンの信頼性だった。
 中国が艦載機の運用訓練を行ったのは、これまでの試験航海で国産の推進システムの信頼性が確認できたということを示している。 

■機体がかなり軽量であることを専門家が指摘

 次に空母の艦載機搭載・運用能力をみてみよう。
 「遼寧」は6万トン級の軽空母だ。
 搭載できる航空機は戦闘機に加え、早期警戒機、対潜水艦ヘリコプターなど各種併せて50機程度だろう。
 甲板が狭いため、複数の艦載機が同時に離発着を行うことはできない。
 また「遼寧」はスキージャンプ式の飛行甲板を備えている。
 カタパルトと呼ばれる射出機が搭載されていないため、飛行甲板の先を上方に向け、艦載機の上昇を補っているのだ。
 スキージャンプ式では、重い艦載機は離陸できないので、「遼寧」は軽量な航空機しか運用できない。

 今回の映像では、艦載機のショック・アブソーバ(緩衝吸収装置)が伸びた状態であったため、機体がかなり軽量であることが専門家によって指摘されている。
 通常、燃料等を搭載した航空機は機体が重くなり、それを支えるショック・アブソーバは圧縮されて短くなる。
 そのため、機体の重心は低くなるはずである。
 おそらく、今回の訓練は武装なしで行い、燃料も必要最小限しか搭載しなかったのだろう。

 軽量な航空機では、情報収集に必要な機材、長時間の作戦に必要な燃料、大量の武器・弾薬を搭載できないため、「遼寧」の主な任務は遠隔地へのパワープロジェクションや洋上目標への攻撃ではなく、沿岸部の防空となる。
 あるいは、フル装備の艦載機を陸上基地から離陸させ、作戦終了後に空母に着艦させることにより、陸上または洋上の目標への攻撃も可能であるが、その場合も作戦行動範囲は中国沿岸部近くにならざるを得ないだろう。

 ちなみに、横須賀に配備されているアメリカ海軍の原子力空母「ジョージ・ワシントン」は10万トン級、甲板は水平、蒸気カタパルトで航空機を射出し、搭載航空機は80機程度で、同時に複数の艦載機を離発着できる。
 カタパルトの力によって、3秒で時速240キロまで速度が上がるため、艦載機は重装備でも発艦が可能。
 燃料も多く積み込めるので、遠隔地への攻撃も可能だ。

 空母への着艦の際に、艦載機は機体から下ろしたフックを飛行甲板上のワイヤーに引っかけて機体を停止させる。
 ロシアがこの着艦ワイヤーを提供することを拒否したため、中国はスウェーデンからワイヤーを調達したようだ。
 このワイヤーの耐久性がどれほどのものかは未知数である。
 耐久性が低ければ、安定した艦載機の運用はできまい。

■「始まりの終わり」に過ぎない中国の空母計画

 では、艦載機の性能はどうだろうか。中国はロシアのスホイ33を購入するとみられていたが、ロシアとの交渉がうまくいかなかったため、「国産」の殱15(J-15 )を開発している。
 殱15の機体はスホイ33に酷似しており、性能はスホイ27をベースとした陸上配備の殱11に近いとみられている。
 作戦行動半径は700キロで、空中給油によりさらに300キロ広がり、射程100キロのPL-12空対空ミサイルを搭載するというのが、大方の見方である。

 だが、機体だけでなく、指揮命令・管制・武器システムまで揃えなければ意味はない。
 中国は殲15の性能が米海軍のF-18に匹敵すると吹聴しているが、殲15には厳しい重量制限が課せられる中、それはあまりにも過大評価であろう。

 パイロットの養成も課題である。
 中国は、ウクライナ海軍航空隊訓練センターで艦載機パイロットの訓練を行ってきた。
 このセンターは、スキージャンプからの発艦とワイヤーによる着艦及び緊急対応の訓練をするシミュレーターを備えている。
 現在は、西安などに同様の施設を建設し、パイロットの養成を続けている。
 また、中国は、1987年から広州海軍アカデミーでパイロットを空母の艦長要員として養成してきた。
 既に少なくとも9人の海軍パイロットがこの3年課程を修了し、全員が駆逐艦の艦長になったという。
 「遼寧」の艦長もこの中の一人である可能性が高い。

 しかし、このパイロットの養成こそが、中国が空母を運用する上で最大の課題の1つとなろう。

 米海軍の報告によると、米海軍がジェット艦載機の運用を始めた1949年から1988年の間に、12000機の航空機と8500人のパイロットを事故で失った。
 米海軍がこれだけの数を失ってまでも空母の戦力を高めようとしたのは、冷戦という特殊な国際環境だったからである。
 現在の米海軍空母の打撃力は、この尊い犠牲の上に成り立っている。
 公開された映像を見る限り、「遼寧」上での艦載機の訓練は快晴で波も穏やかな日を選んで行われた ようだ。
 しかし、空母艦載機の運用は昼夜を問わず、どのような気象条件下でも行わなければならない。
 今後中国が艦載機の運用を本格化させれば、かなりの数の航空機とパイロットを失うことになろう。

 つまり、中国の空母計画はまだ始まりの終わりに過ぎない。
 「遼寧」はあくまで試験・訓練用の空母なのだ。
 空母は非常に複雑なシステムで、メンテナンスと訓練を欠かすことができない。
 通常1隻の空母が作戦を行うことができるのは年間3~5カ月のみであるため、3隻を1組として運用するのが基本である。

 中国はすでに国産の空母建造も始めていて、米軍は中国が2020年までに複数の空母を保有するとみている。
 原子力空母を開発しているという情報もある。
 だが、空母の開発と維持・運用には天文学的な費用と多大な時間がかかる。
 中国の経済成長に陰りが見える中、空母の開発は大きな負担となるだろう。

 さらに、空母はミサイルと潜水艦の脅威に非常に脆弱なので、戦闘艦、潜水艦、補給艦などと打撃グループを構成してこれらの脅威から守る必要がある。
 だが、中国の対ミサイル・対潜水艦能力は大きく出遅れているため、これも一筋縄ではいかないだろう。

■日本は最先端技術の漏洩に注意せよ

 いわば、中国の空母は張り子の虎なのだ。
 東シナ海や台湾海峡の軍事バランスに影響を及ぼすことはない。
 南シナ海ではベトナムやフィリピンにとってある程度の脅威となるだろうが、東南アジア諸国も潜水艦戦力を増強して中国の空母に対抗しようとしている。
 中国の空母を過小評価してはいけないが、決して過大評価もすべきでない。

 日本としては、今後冷静に中国の国産空母の開発状況を分析しつつ、中国に技術が流入しないように万全の注意を払うことが肝心だ。
 とりわけ、中国が電磁式カタパルトの開発を行っているとの情報がある。
 これは米軍が次世代の空母に搭載するために開発しているもので、リニアモーターを利用したものだ。
 中国が一時JR東海の超電導リニアに異常な関心を示したのはこのためだろう。
 このような最先端技術の漏洩を官民一体となって防ぐ必要がある。

 小谷哲男 (日本国際問題研究所研究員)








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