2013年12月26日木曜日

中国海軍:想像以上のスピードで「近代化」している、南シナ海でも日本に脅威

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●南シナ海のシーレーン


JB Press 2013.12.26(木)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39529

想像以上のスピードで「近代化」している中国海軍
東シナ海だけでなく南シナ海でも日本に脅威

 南シナ海で中国海軍がアメリカ海軍に対して軍艦同士の衝突も辞さないほど強硬な行動に出ていたことが明らかになり、両国政府が非難の応酬をしている。

 そんな中、中国共産党の李克強首相は、米中合同商業貿易委員会の会議に出席するため北京を訪問中のアメリカ側代表団に対して、
 「世界最大規模の経済大国同士である米中両国には小異はあるものの長期的には国益が一致する以上、些細なトラブルによって両国の有効関係が妨げられるようなことがあってはならない」
と呼びかけた。

 それに対して、アメリカ代表団を率いたペニー・プリツカー商務長官は
 「両国間の強固な経済的結びつきこそ米中双方にとって最大の国益と言える」
と応じた。

■見くびってはならない中国海軍の進化速度

 多分に外交辞令とはいえ、このようなオバマ政権幹部の対中態度に対して、米海軍やシンクタンクなどの対中海軍戦略専門家たちは、
 「ワシントンDCの政策決定者たちは中国の軍事的脅威を“真に”深刻に受け止めていないようである」
との危惧を表明している。

 そして、このような対中海軍戦略家たちと話し合っていると次のような“嘆き”をしばしば耳にする。
 アメリカ政府高官たちや連邦議員の多く、それにメディアなども、
 「確かに中国人民解放軍は30年前より随分近代化していることは間違いないであろうが、とてもアメリカ軍とまともに比較できるようなシロモノではない」
との単純なイメージを抱いているようである。
 というよりは、人民解放軍の近代化のスピードや、その内容に関する確たる知識や理性的な分析を持ち合わせていないにもかかわらず、そう思い込みたいと言った方がいいかもしれない。

 このような傾向は、歴史的経緯がアメリカとは比較にならないほど複雑な日本においての方が、より一層強いものと筆者は考えている。

 これらの米海軍などの対中戦略家などによると、人民解放軍とりわけ中国海軍の各種軍艦や搭載兵器の近代化速度と身につけつつある技能やドクトリンなどの進化速度を冷静に分析すると、今日時点での中国海軍は明日にはすでに過去のものとなってしまうと言っても過言ではない。

 すなわち、米海軍や米英シンクタンクのアナリストたちが「10年は要する」と考える“近代化”を5年あるいは3年で達成してしまうし、現時点で“虚仮威(こけおど)し”とバカにしていると翌年には“本物”が登場してしまうといった具合であり、中国海軍の進化速度は絶対に見くびってはならない。

 しかしながらアメリカにおいても、大多数のメディアや政治家それに政策立案担当者は、人民解放軍や中国海軍に関する既存のイメージを捨て去りたがらないため、そのような冷静な科学的データを信じようとしない。

 そして、現実にはすでに過去のものとなっているイメージから脱却できないで、誤った(少なくとも適当とは言えない)対中国政策を正すことができない状態が続いている。

 このような事情は日米共通とはいえ、中国の隣国であり、現に中国海軍や長射程ミサイルの直接的脅威を受けている日本にとっては、アメリカ以上に極めて深刻な問題である。

■空母「遼寧」よりも注意すべきは海南島海軍基地

 確かに中国海軍の質的強化スピードが想定を超えて速いことは事実であるが、それを過大評価して過剰反応することは上策とは言えない。
 しかし、「中国海軍が強力になるはずがない」といった思い込みや「中国海軍が優勢になってほしくない」といった願望を現実と混同して過小評価することは絶対に避けねばならない。

 したがって、過大評価は避けるものの、中国軍部が推進する海軍戦略がある程度順調に軌道に乗っていくことを前提にして対抗策を講ずる必要がある。

 このような立場から昨今における中国海軍の南シナ海での活動を分析する場合、日本が最も注意を払わなければならないのは、空母「遼寧」による遠洋訓練(12月12日、「中国の『張り子の虎』空母が生み出す将来の脅威」)やアメリカ巡洋艦「カウペンス」に対する強硬姿勢(12月19日、「米軍巡洋艦に中国揚陸艦が『突撃』、衝突も辞さない中国海軍の攻撃的方針」)といった目立った動的事象よりも、海南島に設置された中国海軍基地に関して、ということになる。

 南シナ海での中国海軍戦略遂行拠点となる海南島海軍基地の整備こそ、直接的には中国南シナ海海軍戦略成功の鍵となり、ひいては中国海軍戦略成功にとっても極めて重要な拠点となるからである。

 「中国のハワイ」と称されて多くの中国富裕層が別荘を構えたりリゾート開発が進んでいる海南島には、やはりハワイと同様に海軍を中心とした各種軍事施設も設置されている。
 まさに海南島は、軍事と観光が大きな経済的基盤となっているハワイと瓜二つの環境が整いつつある。

 その海南島の三亜市周辺に設置された中国海軍楡林基地は、通常動力潜水艦(第32潜水艦隊)の本拠地として発足し、その後、楡林基地に近い「中国のワイキキ」と呼ばれる亜龍湾海岸に隣接した地域にも基地が拡大された。
 その亜龍湾基地は、原子力潜水艦用の半地下式洞窟バースを含む各種原潜用設備、ならびに水上艦艇(第9駆逐艦隊)用桟橋から構成されている。

 そしてこれらの水上艦艇、通常動力潜水艦ならびに原子力潜水艦用の基地に加えて航空母艦用の基地も三亜に追加新設されたことが、空母「遼寧」が三亜を本拠地にして南シナ海で訓練を実施したことで名実ともに確認された。

 このように、海南島海軍基地を充実させ、さらに航空施設やミサイル基地などを強化させつつあることは、中国海洋戦力が海南島を出撃・補給拠点として南シナ海をコントロールするための大きなステップと言えよう。

■日本をターゲットにした中国南シナ海海軍戦略

 日本は尖閣はじめ南西諸島そして東シナ海が中国海洋戦力の直接的脅威を受けているが、中国が南シナ海をコントロールするようになると、日本経済、そして日本の国民生活は極めて深刻な影響を受けることになる。
 というのは、南シナ海には原油や天然ガスを積んで日本に向かう各種タンカーの航路帯(シーレーン)が縦貫しているからである。

 欧米的な公海航行自由原則など(自分に都合が良い場合を除いては)歯牙にもかけない中国共産党政府・軍部が南シナ海をコントロールするということは、日本のエネルギー・シーレーンもまた中国人民解放軍によって殺生与奪の権を握られてしまうことを意味する。

 南シナ海のシーレーンには日本向け、韓国向け、台湾向けに限らず中国自身に向けての各種タンカーや貨物船も多数航行しており、中国にとっても生命線と言えるかもしれない。
 ただし、万一南シナ海をコントロールしようとする中国とそれに反対する勢力との間で軍事衝突が発生し、南シナ海の船舶航行が遮断されてしまうような状況が生じた場合でも、大陸国家でもある中国は内陸に整備を進めているパイプライン網により、ある程度のエネルギー原料の供給を確保することが可能である。

 しかし、日本に向かう原油の95%以上、天然ガスの80%以上が南シナ海を通過しているため、日本は致命的打撃を被ることになる。

 もちろん、危険な海と化した南シナ海を迂回してフィリピン海そして西太平洋を迂回すれば日本に達することができる。
 しかしながら、このような迂回航路を各種タンカーが通航すると運賃や人件費などが急騰して、電気をはじめとする日本のエネルギー料金は軒並み経験したことがない程度に高騰する。

 また、フィリピン海方面の迂回航路も、海南島から出動する中国海軍攻撃原潜の脅威を受けることとなる。
 そのため、迂回航路といえども危険な航路ということになり、保険料や人件費が数倍増となることは確実である。


●南シナ海を通らない迂回航路図

 もっとも、日本の生命線を支える各種タンカーや貨物船の船員の98%近くが日本国籍以外の外国人であることから、それら外国人船員たちが危険を冒してまで日本のためにタンカーに乗り込み迂回航路を北上して日本に原油を送り届けようとすることなど、想定すること自体ナンセンスだとも言える。

■日本に突き付けられた3つの選択肢

 日本としては、南シナ海の公海自由航行の確保、少なくとも日本に関連する各種タンカーや貨物船をはじめとする商船の航行の安全確保を維持しなければならない。

 しかしながら、現時点においても、直接南シナ海の公海自由航行を確保するために睨みを利かせているのは日本自身ではなくアメリカ海軍である。
 今後数年間にわたって、中国海軍力が強化され続けるのに対応してアメリカ海軍力も強化されるという確証はないし、反対に現オバマ政権の路線では、アジアシフトというかけ声はともかく、実質的に米海軍力の低下は避けられない状況である。

 したがって、日本が取るべき手は以下の3つのうちのどれかとなろう。

(1).南シナ海に展開可能なアメリカ海軍部隊を目に見える形で補強して、南シナ海シーレーンの自由航行を確保する。

(2).日本自身が直接南シナ海に海軍力(そして空軍力)を展開して自力で日本の生命線を確保する。

(3).中国の軍事的脅威にひれ伏して中国海軍の保護下で南シナ海を“航行させていただく”(もちろん莫大な対価が必要になるのは当然である)ことにより生命線にすがりつく。

 いずれにせよ日本は苦しい選択肢が突きつけられている現状を直視せねばならない。


北村 淳 Jun Kitamura
戦争平和社会学者。東京生まれ。東京学芸大学教育学部卒業。警視庁公安部勤務後、平成元年に北米に渡る。ハワイ大学ならびにブリティッシュ・コロンビア大学で助手・講師等を務め、戦争発生メカニズムの研究によってブリティッシュ・コロンビア大学でPh.D.(政治社会学博士)取得。専攻は戦争&平和社会学・海軍戦略論。米シンクタンクで海軍アドバイザー等を務める。現在サン・ディエゴ在住。著書に『アメリカ海兵隊のドクトリン』(芙蓉書房)、『米軍の見た自衛隊の実力』(宝島社)、『写真で見るトモダチ作戦』(並木書房)、『海兵隊とオスプレイ』(並木書房)、『尖閣を守れない自衛隊』(宝島社)等がある。







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