2013年12月24日火曜日

なぜ中国社会はすぐパニックに陥るのか:国民を信用せず情報をひた隠しにする政府

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JB Press 2013.12.24(火)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39492

なぜ中国社会はすぐパニックに陥るのか国民を信用せず情報をひた隠しにする政府

 中国の歴代首相が、政府活動報告の中で、
 経済政策を立てるうえでの一番の悩みとして毎回挙げるのが、物価の上昇である。

  現在、中国の景気は減速局面に転じているが、李克強首相は前任者たちと同様に物価の上昇を心配していると強調する。
 景気が減速すれば、物価の上昇よりもデフレーションを心配するはずである。
 なぜ中国では、景気の良しあしと関係なく物価が上昇するのだろうか。

 一般的に経済学では、いかなる財やサービスでも、その需要が供給を上回ると価格は上昇するものとされている。
 その価格の上昇によって需要が抑制され、供給と均衡するようになれば、価格の上昇が止まる。
 逆に、需要が供給を下回るとメーカーは在庫を抱えるようになり、値下げを実施する。
 価格の下落は需要を刺激し、供給と均衡するようになればデフレーションがストップする。
 これは市場経済の基本である。

■ことあるごとに買い占めに走る中国人

 目下の中国経済は投資が伸び悩み消費が盛り上がらないため、景気が減速していると言われている。
 しかし、中国人の購買力が弱くなったわけではない。
 家計貯蓄はGDP比で30%に達し、市中ではマネーがじゃぶじゃぶとあふれた状態にあり、いつでもインフレが再燃する恐れがある。

 中国の検索サイト「baidu.com」内のニュースコーナーに35枚の写真が貼り付けられている。
 それは1980年代以来の中国で、パニックに陥った消費者が様々な商品を買い占めたときの姿だった。

 古いものには、1983年、北京のデパートで大勢の市民がシャツやジャケットを買い占める写真があった。
 88年の写真には、1人の南京市民(自称エンジニア)と冷蔵庫が写っている。
 彼は故郷南京で冷蔵庫が売り切れたため、わざわざ北京へ買いに行った。
 幸いにも冷蔵庫を手に入れることができた。
 だが汽車で南京に帰ったこのエンジニアは、どのようにして冷蔵庫を運んだのだろう。

 88年と89年は「官倒」、すなわち共産党幹部による投機が横行していた時期だった。
 国民の間で幹部の特権に不満が募り、最後に民主化を要求する天安門事件が起きた。

 89年の写真は、四川省でタバコを買い占めようとする群衆が雑貨店などへ殺到する光景だ。
 しかし、タバコを買い求める人々の顔を見る限り、みんながヘビスモーカーのようには見えない。
 その写真で面白かったのは、タバコを売りさばく店員は口にタバコをくわえ、焦ることなく一人ひとりに1カートンずつ売りさばいていたことだ。

■放射能を恐れて塩に群がる

 1990年に上海証券取引所が成立し、翌年の91年に深セン証券取引所が成立した。
 そして92年には株式投資ブームが到来する。

 そこに群がったのは、投資家というよりも、中国語では「炒股」、すなわち株式を炒めるように熱く(高く)なったところでそれを売り裁きキャピタルゲインを手に入れようとする人たちである。
 「股民」と呼ばれている「投資家」は、自分が投資している企業の業績にはまるで無関心であり、株価を見て株を売買するのが基本のようだ。

 2000年に入ってからは、都市部ではとっくに冷めたカラーテレビブームが農村で沸き起こった。
 都市近郊の農民はカラーテレビを買うために一斉に大都市を目指した。
 テレビを手に入れた農民は、みんなが満面の笑みを見せていた。
 まるで60年前、共産党・人民解放軍が地主を打倒し、その土地を農民に割り当てたときと同じようだった。

 2003年には新型肺炎(SARS)が流行し、お酢に消毒効果があるとマスコミが取り上げたのをきっかけに、人々はスーパーや雑感店へ殺到し、お酢は一瞬にして売り切れた。

 2011年に日本の福島で原発事故が起きると、塩はガンの予防に効くとのデマが流れた。
 塩にはヨウ素が入っているため放射性物質を体外へ排出することができるというのだ。
 それを耳にした市民はスーパーへ殺到。
 中には、塩を2トン買った若者もいたとう。
 その後、パニックが落ち着いてから、この若者は2トンもの塩を使いきれずスーパーへ返品にいった。
 さすがスーパーは返品を認めず、若者に漬物屋を開業したらどうかとアドバイスしたそうだ。

 日本でも、年末ジャンボ宝くじを買い求める人々が売り場で列を成すことがある。
 しかし、中国では列を成すことは少ない。
 誰もが売り場を目がけて我先にと押しかけるのだ。
 人ごみでけが人が続出することも少なくない。

■政府が情報を隠すからデマが広がる

 なぜ中国社会はパニックに陥りやすいのだろうか。

 Baidu.comの掲示板の書き込みを見ると、
 「物不足で飢えたときの記憶がまだ新しいから」
 「教育レベルの低い人が多いから」
 「物しか信用できない」
などと書かれている。

 確かに、物不足の時代が長く続いたため、今の中国社会はすでに豊かになっているとはいえ、当時の記憶をまだ忘れられていない。
 しかし、すべての人々が過去の悲惨な記憶が原因でパニックに走ったとは思えない。

 パニックの背景に必ず存在するのは経済学で言う情報の非対称性であり、ときにはデマも少なくない。

 中国の官制メディアはグッドニュースを優先的に流すが、
 バッドニュース、特に政府にとって都合の悪いニュースをほとんど流さない。
 2011年、浙江省温州市で高速鉄道追突事故が起きたとき、鉄道省のスポークスマンは生存者が見つかったことを受けて「(事故は)まるで奇跡のようだ」とポジティヴな表現で総括した。

 しかし、市民は官制メディアが伝えるグッドニュースをとっくに信用しなくなっている。
 正しい情報を入手できない市民は口コミの情報を頼りにするしかない。
 だが口コミの情報にはデマが混ざることが少なくない。
 このデマこそが中国社会がパニックに陥りやすい大きな原因である。

 日本のような先進国では国民の知る権利が保障されているが、実は中国の憲法でも保障されている。
 中国社会をパニックから救うためには、まず、政府および官制メディアが国民に真実を伝えるようにしなければならない。

 政府は、悪いニュースを流すと社会がパニックに陥るのではないかと恐れている。
 国民には悪いニュースに耐える力が不足していると考えているためだ。
 しかし、社会不安を最も助長してしまうのは、真実を隠すことである。
 悪いニュースを隠せば隠すほど、政府にとっては不都合な状況が生まれてくることを理解すべきだろう。

柯 隆 Ka Ryu
富士通総研 経済研究所主席研究員。中国南京市生まれ。1986年南京金陵科技大学卒業。92年愛知大学法経学部卒業、94年名古屋大学大学院経済学研究科修士課程修了。長銀総合研究所を経て富士通総研経済研究所の主任研究員に。主な著書に『中国の不良債権問題』など。







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