2014年1月8日水曜日

「ビンタ」と「フェラーリ」が変えた中国の政治:『紅の党 完全版』(朝日新聞中国総局)

_

レコードチャイナ 配信日時:2014年1月7日 19時56分
http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=81044&type=0

「ビンタ」と「フェラーリ」が変えた中国の政治=『紅の党』を読んで中国の政局を妄想する


** 「天安門事件以来最大の政治事件」と呼ばれる薄熙来事件。全体の見通しを示すようなまとめは何度かチャレンジしたものの、まだ書けていない。というのもあまりに膨大な噂やデマがあり、すっきりとした筋書きを描くのが困難なのだ。

 「天安門事件以来最大の政治事件」と呼ばれる薄熙来(ボー・シーライ)事件。
 全体の見通しを示すようなまとめは何度かチャレンジしたものの、まだ書けていない。 
 というのもあまりに膨大な噂やデマがあり、すっきりとした筋書きを描くのが困難なのだ。

 だが、今回ご紹介する
 『紅の党 完全版』(朝日新聞中国総局)
を読んで、再び刺激を受けてまとめにチャレンジしようと思っている。

目次:
プロローグ
第1部 薄煕来
第2部 赤い貴族
第3部 指導者たち
第4部 エリート
第5部 中南海
エピローグ
付記
・薄煕来事件の顛末
・第18回党大会
・「習李体制」の発足

■ゴシップネタを本気で調査

 本書は朝日新聞中国総局による連載記事をまとめたもの。
 連載後の新動向などについて解説している付記もついている。
 その特徴としてはたんなるストレートニュースを踏み越えて、香港などの中国政治ゴシップ紙が扱っているような怪しげなネタを本気で追いかけている点だ。

 中国の政治ゴシップを報じるメディアには大ホームランが含まれていることも少なくないが、一方でまったくのデマも大量に含まれている。
 そうしたあやふやなネタを日本メディアらしいきまじめさで、できるかぎり真相に迫ろうとしているわけだ。
 薄熙来の息子、瓜瓜(グアグア)くんの英国生活を探るため、わざわざ英国出張までして調査していたりと、人手とお金がかかっている感が素晴らしい。
 一般の書籍でこれだけのコストをかけることはできないわけで、コストパフォーマンス的なお得感が半端ない。

 ただし、そこまでしても怪しげな噂のすべての裏を取ることができるわけではないし、大手新聞社的な慎ましさからか大きな見取り図を描けているわけでもない。
 それでも相当多くのネタに手を出し、限界まで接近しようとした努力を認めるべきだろう。

■薄熙来事件とはなにか

 いわゆる薄熙来事件とはなんだったのか。
 中国の政治にどのような影響を及ぼしたのか。
 と質問されてすらすら答えられる人はそういないはずだ。
 個人的には薄熙来事件とは、
 「妻・谷開来(グー・カイライ)の英国人毒殺
 →王立軍(ワン・リージュン)重慶市副市長の亡命未遂
 →薄熙来の失脚
 →令計画息子がフェラーリで事故
 →習近平(シー・ジンピン)体制の誕生と団派勢力後退の人事
 →これから始まる周永康(ジョウ・ヨンカン)の処分」
までがワンセットになったものと考えている。

 そしてこの一連の事件の中には無数の偶然が詰まっている。
 薄熙来が王立軍をビンタしなかったら。
 令計画息子がフェラーリで事故らなかったら。
 おそらく習近平体制の現状は大きく変わっていたはずだ。

 ビンタや事故と政局の因果関係はわからないと言われるかもしれない。
 しかし中国の政治はそういう見えにくい力関係や取引で動いているのも事実なのだ。
 例えば2008年に呉儀(ウー・イー)副首相(当時)は引退後、名誉職など一切の職から退くことを宣言し絶賛されたが、実は
 「わたしは引退するから、薄熙来を副首相にするのはやめてな」
という取引だったという。
 どう考えても呉儀の引退と薄熙来の昇進につながりはないはずなのだが、「呉さんがそうおっしゃるなら」と共産党元老たちがその話をのみ、薄熙来は地方どさ回りコース、重慶市委書記へと転出することになる。
 中国の政局ではこうした腹芸というか、よくわからない駆け引きが頻繁に行われているわけだ。

 本書はそうした腹芸の連鎖が作り出した全体像について見取り図を描くことを慎んではいるが、しかし理解するための貴重なヒントが多数含まれている。

 特に胡錦濤(フー・ジンタオ)の懐刀、令計画(リィン・ジーホア)についてここまで掘り下げた本は他にないのではないか。
 詳細については本書を読んでほしいが、田舎の天才くん、令計画が共産主義青年団への参画を通じて出世。
 習近平体制でもさらなる出世が期待されていたのに、ばかぼんの息子がフェラーリで事故ったことで将来を閉ざされるというストーリーは涙なしでは読めない。

 なおフェラーリに同乗していた女性はチベット人で、しかも衣服を身に着けていなかったという情報もあったのだが、そこについては触れられていないのが残念ではあった。

◆筆者プロフィール:高口康太(たかぐち・こうた)
翻訳家、ライター。豊富な中国経験を活かし、海外の視点ではなく中国の論理を理解した上でその問題点を浮き上がらせることに定評がある。独自の切り口で中国と新興国を読むニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。