2013年11月30日土曜日

「けちな小者」という印象をふりまく中国:台風被害支援で吹き飛んだチャイナ・ソフトパワー

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●物不足 最大の被害を受けたといわれるタクロバンに届いた救援物資 Erik de Castro-Reuters


ニューズウイーク 2013年11月28日(木)17時11分
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2013/11/post-3117.php
ジェームズ・ホームズ(米海軍大学校教授)

台風で吹き飛んだ中国のソフトパワー
Chinese Soft Power: Another Typhoon Haiyan Victim

被災地フィリピンへのケチ支援で露呈した「善意あふれる隣国」の化けの皮

 中国外交には、いつも驚かされる。
 北京の指導部は近年、軍事力や経済力に頼らない「ソフトパワー」を重視しているようにみえた。
 ところが、その路線をあっさり捨てただけでなく、もう二度と元に戻れないような姿勢を打ち出している。
 理由はまったく分からない。

 その最新の例が、台風ハイエン(台風30号)で深刻な被害を受けたフィリピンへの支援だ。
 中国の支援額が報じられたとき、筆者は金額の桁が2つか3つ少ないのではないかと思った。

 だが間違いではなかった。
 中国政府から10万ドル、中国赤十字会から10万ドルの計20万ドルだけだという。
 その後、国内外からの批判を受けて「140万ドル」相当の救援物資を送ると表明したが、それでも他国に比べれば話にならないほど小さな規模だ。

 諸外国の例をみると、「オーストラリアは3000万ドル」、国内に70万人近いフィリピン人が住む「アラブ首長国連邦は1000万ドル」、「韓国は500万ドル」の支援を発表。
 「アメリカは2000万ドル」の緊急援助の拠出を表明し、人的支援の第1波として海兵隊と海軍の約90人を被災地に派遣した。

 04年のスマトラ島沖地震のときに中国が支援に消極的だったのは、そんな能力がないためとみられていた。
 実際、当時の人民解放軍には、国外の救援活動に出向くような裝備がなかった。
 だが今は病院船の「和平方舟」まで保有しているのに、なぜか出動させない(のちに派遣した)。

■自分の首を絞める「大国」

 フィリピン支援への消極姿勢には意図があるとみられても仕方がない。
 中国とフィリピンは、南シナ海の領有権をめぐって対立を続けている。

 それでも、最近までの中国からは考えにくい態度だ。
 この間までは孔子や明代の武将・鄭和の伝統を持ち出して、
 「善意あふれる大国」を自負し、
 小さな近隣諸国を懲らしめることなどあり得ないと言いたげだった。
 だが今の姿勢はまったく違う。

 外交における「ソフトパワー」という概念の生みの親であるアメリカの政治学者ジョセフ・ナイに言わせれば、この力は国家が持つ「魅力というパワーだ。
 さらに米海軍大学教授のトシ・ヨシハラによれば、その魅力がフェロモンか香水かといえば、自然に体から漂うフェロモンに例えられる。

 ソフトパワーの源になるのは、その国の文化や伝統、政策などだ。
 いずれも長い年月にわたって一貫したものでなければ、ソフトパワーにはつながらない。

 中国政府が次に外交上の「香水」を振りまきたいと思っても、周りからの信用を勝ち得るのは難しくなった。
 フィリピン支援への消極的な姿勢は、香水では消せない悪臭を残すだろう。

 アメリカにとって、今回の事態にはプラスの面もある。
 中国が自ら「けちな小者」という印象を世界に与えたからだ。
 地域で指導力を発揮するなんてとんでもないほど、度量の狭い国にみえる。

 外交でこれだけ自滅的な姿勢を取るケースは、なかなかないだろう。
 中国は支援外交の舞台で、自ら墓穴を掘っている。

From the-diplomat.com

[2013年11月26日号掲載]


 「ソフト・パワー」とは「魅力というパワー」だという。
 wikipediaで見てみる。

 ソフト・パワー(Soft Power)とは、
 国家が軍事力や経済力などの対外的な強制力によらず、その国の有する文化や政治的価値観、政策の魅力などに対する支持や理解、共感を得ることにより、国際社会からの信頼や、発言力を獲得し得る力のことである。
 対義語はハード・パワー。

●.ソフト・パワーの概念誕生の背景とその概要

ソフト・パワーとは、軍事力や経済力などの他国を強制し得るハード・パワーと対置する概念であり、アメリカの対外政策のあり方・手法として生まれた概念である。
アメリカ国内においてソフト・パワーという考え方が唱えられた背景には、ブッシュ政権以降のアメリカの中東政策による、国際的な批判の高まりによるところが大きい。
2001年、オサマ・ビン・ラディン率いるアルカーイダによるアメリカ同時多発テロ事件を契機として、アメリカがイラクに対する核兵器保有疑惑やテロリスト支援国の疑いがあることを理由にはじめたイラク戦争、また、その後のイラクの戦後統治などにおいて行った一連の政策が、圧倒的な軍事力を背景にした強硬なものであるという国際社会からの批判や、中東やイスラム圏を中心とした反米感情の広がり、またそれを背景にしたテロリズムの頻発やその被害に悩む中で、その事態の打開のための手法として提唱されるようになった。

ソフト・パワーという概念を提唱したのは、クリントン政権下において国家安全保障会議議長、国防次官補を歴任したアメリカ・ハーバード大学大学院ケネディスクール教授のジョセフ・ナイである。
1980年代のアメリカ衰退論に異議を唱えた著書 Bound to Lead (邦題『不滅の大国アメリカ』)で最初に提示され、Soft Power: The Means to Success in Wold Politics(邦題『ソフト・パワー』)において精緻化されたものである。

ジョセフ・ナイはこのソフト・パワーによる対外政策の重要性を説く上でブッシュ政権や政権の中枢を占めた、いわゆるネオコンという勢力に対し、客観的に評価または批判をし、軍事力や経済力など強制力の伴うハード・パワーにのみ依存するのではなく、アメリカの有するソフト・パワーを活かすことの重要性を唱えた。
さらに、ジョセフ・ナイはこのソフト・パワーをハード・パワーと相互に駆使することによって、国際社会の支持を獲得し、グローバル化や情報革命の進む国際社会において真の国力を発揮し得ることを説いている。

●.ソフト・パワーの源泉~文化・政治的価値観・政策の魅力~

ジョセフ・ナイはソフト・パワーを提唱し、ソフト・パワーを構成するものとして三つの要素を掲げている。

①.ひとつは、その国の有する文化である。
 その具体的な例として文学や美術、高等教育などのエリートを対象とする高級文化や大衆の娯楽などの大衆文化が挙げられる。
 ナイはその国が有する文化の価値観に世界共通の普遍性があり、その国が他国と共通する利益や価値を追求する政策をとれば、自国が望む結果を獲得することが容易となるとし、一方で偏狭な価値観に基づく文化では、ソフト・パワーが生まれにくいとしている。

②.また、ジョセフ・ナイは国家の国内外における政策も、ソフト・パワーの源泉足り得るとしている。
 その例としてアメリカ国内の黒人などへの人種差別によりアメリカのアフリカ諸国に対するソフト・パワーが損なわれ、銃の野放しや死刑制度により、ヨーロッパにおけるアメリカのソフト・パワーが損なわれたことを指摘している。
 一方で、アメリカの人権政策は、かつて軍事政権を敷き人権抑圧を行っていたアルゼンチンからは反発されたが、その後、投獄されたペロン派が政権を握ったことで、アルゼンチン国内におけるアメリカのソフト・パワーが高まったとしている。

③.さらにジョセフ・ナイは同じソフト・パワーであっても、文化によるソフト・パワーと政府の政策によるソフト・パワーは必ずしも一致しないことも指摘している。
 2003年に世界各国の世論調査において、アメリカのイラク政策への失望から、アメリカを魅力的であるという回答が低下したが、これはあくまでブッシュ政権に対する失望であり、アメリカの技術力、音楽、映画、テレビ番組については依然とアメリカを魅力的であるという意見が強いというのがその例である。

 こうしたソフト・パワーの作用として、ジョセフ・ナイが指摘するのは、
ソフト・パワーは国家により管理できない
という点である。
 軍事力や経済力などのハード・パワーと異なり、ソフト・パワーは部分的に政府の目標に影響しているに過ぎないし、そもそも自由な社会において国家がソフト・パワーを管理することがあってはならないとも述べている。

●.ソフト・パワーの限界

一方で、ジョセフ・ナイはソフト・パワーの限界についても言及している。
それは、ソフト・パワーにおける魅力により、国家の望む結果が得られる可能性が高い場合もあれば低い場合もあるというところによる。
概してソフト・パワーとなり得るその国の魅力とは関係する国々とある程度似ている状況であり、かつその魅力の効果は分散型で漠然としていることにもよる。
好意で行動しても相手から好意的な対応が得られるとは限らず、効果が分散する親善関係のもとではその具体性に乏しい。
まして、自国の映画や大学、教会など非政府組織か独自のソフト・パワーを持ったとき、政府の政策を強化する場合もあれば対立する場合もあるし、ソフト・パワーを測る世論調査などの調査手法がどの程度信用できるのかという点でソフト・パワーに対する懐疑的な見方も存在しているのも事実である。

<<略>>

●.世界情報化とソフト・パワー

また、21世紀の世界はグローバル化と情報革命が高まっている中、ジョセフ・ナイはこれからのソフト・パワーの重要性が高まることを指摘する。
特にインターネットの普及などを情報革命通じ仮想共同体の形成や多国籍企業、非政府組織がテロリストを含めて、さらに役割をになうこととなり、独自のソフト・パワーを養い、国境を越えて人々をひきつける。
そうしたときに国家は魅力と正当性、信頼性をめぐる競争になるだろうと述べている。
そして、情報を提供し、かつその情報が信頼できるものとして受け入れられる能力こそ、
ソフト・パワーにおける魅力と力の需要な源泉となるだろうとしている。




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